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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)207号 判決 1985年3月27日

原告 野崎明

被告 高等海難審判庁長官

主文

一  原告の本件訴え中、高等海難審判庁が、同庁昭和五五年第二審第二四号機船ジヤパンオリーブ機船拓洋衝突事件について、昭和五七年八月三〇日言い渡した裁決の主文第一項の取消しを求める訴えを却下する。

二  右裁決の主文第二項の取消しを求める原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告

「高等海難審判庁が同庁昭和五五年第二審第二四号機船ジヤパンオリーブ機船拓洋衝突事件について、原告を受審人として昭和五七年八月三〇日言い渡した裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告

(請求原因)

1 原告は、昭和五二年一二月七日午後六時七分綾里埼東方沖合において、機船ジヤパンオリーブ(以下「ジ号」という。船籍港東京都、船舶所有者ジヤパンライン株式会社)に船長として乗組み執職中、機船拓洋(以下「拓洋」という。船籍港大韓民国釜山市、船舶所有者高麗遠洋漁業株式会社)と衝突した。

2 高等海難審判庁は、右衝突事件につき、昭和五七年八月三〇日別紙裁決書写しのとおりの裁決を言い渡した。本件衝突は、他船を右舷側に見る拓洋側において他船の進路を避けなかつたことによつて発生したが、巨大船であるジ号側において衝突を避けるための動作をとることが遅かつたこともその一因をなすものであるとし、及び、原告を戒告するものである。

3 しかし、本件裁決には次のとおりの違法事由がある。

(一) 本件裁決は、昭和五二年一二月七日午後六時三分ごろ、両船間の距離が一・二海里ばかりとなつたころ(以下「A時点」という。)、拓洋が避航動作をとつていないことが明らかになつた旨認定しているが(別紙裁決書写し五頁)、これは事実誤認である。すなわち、

(1) 拓洋はジ号の左舷前方にあつて、両船の針路交角は一一三度で直角に近く、拓洋は前後のマスト灯と緑色の右舷灯のみを示してジ号の前路を左から右へ進行していたのであるから、仮に拓洋が多少操舵したとしても、マスト灯と右舷灯の相対位置は微妙にしか変化しない。したがつて、そのような灯火の微妙な相対位置の変化から拓洋の動行を即刻、詳細に知ることは不可能に近く、本件において、拓洋に避航する気配がないという程度のことしか知りえず、拓洋が避航措置をとつているのか否かを確知することはできなかつた。

(2) また、拓洋がA時点において、依然としてその方位を変更していないということだけでは、衝突のおそれが解消されていないことが明らかにされるのみで、避航動作をとつていないことまでは明らかにならない。それは、拓洋が右時点で、仮に避航動作に着手していたとしても、その結果が物理的にジ号から視認される程度にまで進展していない場合もあり得るからである。

(3) 更に、A時点は、総トン数二八〇〇トン、喫水線付近の船の長さ約八九メートル、幅一五メートルである拓洋が、避航動作に着手する公算の最も大きい時機である。すなわち、拓洋が海上衝突予防法(以下「法」という。)一五条一項前段の規定による避航動作をとつて転針しているときは、法三四条一項の規定する操船信号を汽笛の吹鳴によつて行わなければならないところ、一九七二年の海上における衝突の予防のための国際規則附属書IIIは、船の長さ二〇メートル以上七五メートル未満の船の汽笛の可聴距離は一・〇海里、七五メートル以上二〇〇メートル未満のそれは一・五海里と規定しているが、これは拓洋程度の船は、保持船に一・五海里ないし一・〇海里に接近したころに、避航動作に着手する公算が大きいからであり(もしそれより遠い距離で避航動作をとるとすると、法三四条一項に基づく操船信号を行つても保持船に聴えないことになる。)、本件において、A時点で拓洋が右舵一杯をとつたとすれば、その船首方向が九〇度右旋回した午後六時四分二三秒には、ジ号がなんらの措置をとらなくとも、両船間にあつた衝突のおそれは全く解消され、両船間の距離は約〇・八海里になつていたはずであつて、本件の見合関係において、拓洋が、A時点において避航動作をとつたとすれば、十分余裕をもつて避航できたのであるから、右時点が拓洋において避航動作に着手する公算が大きい時機であつたことを示している。

以上によれば、A時点の状況は、法一七条二項にいう「避航船がこの法律の規定に基づく適切な動作をとつていないことが明らかになつた場合」にはあたらず、むしろ、同条一項の保持義務を遵守すべきであつたから、ジ号に衝突を回避するための動作をとる義務はなかつた。

(二) 仮に、A時点の状況が法一七条二項に定める場合にあたるとしても、同条は、その場合に、保持船が直ちに避航船との衝突を避けるための動作をとつても差し支えない旨を定める任意規定にすぎず、保持船にそのような動作をとることの義務を課すものではないから、原告が右動作をとらなかつたことをもつて、原告に過失があるものとはいえない。

(三) また、本件裁決には、右以外にも次のような事実誤認がある。

(1) 本件裁決には、午後六時三分半ごろ拓洋が航海灯のほかに緑、白二灯を表示したことに気づかないでと認定しているが(別紙裁決書写し六頁、九頁)、右各灯火が表示された事実はない。仮に拓洋が緑、白二灯を表示したとしても、それは衝突の直前、一分以内のことである。

(2) 本件裁決は、呉指定海難関係人は、午後六時一分ごろ昇橋した旨認定しているが(別紙裁決書写し八頁)、同人が昇橋したのは同時三分すぎである。

(3) 本件裁決は、呉指定海難関係人は、被害を最少限度にとどめるため、左舵一杯を令した旨認定しているが(別紙裁決書写し九頁)、これは拓洋の船長の主観的動機にすぎず、左舵の措置を正当化するものではない。

4 よつて、本件裁決は、違法であるから、その取消しを求める。

二  被告

(本案前の主張)

原告が、本件訴えによつて取消しを求めている本件裁決の主文第一項は、海難原因を解明したにとどまり、行政事件訴訟法にいう行政庁の処分に当たらないことは明らかである。したがつて、右部分は不適法として却下されるべきである。

(請求原因に対する答弁及び被告の主張)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の主張は争う。

(一) 本件事故の内容及びその発生までの両船の運航模様は、別紙裁決書写し記載(二頁一一行目から一〇頁五行目まで)のとおりである。

(二)(1) 原告は、拓洋の灯火の変化が微少であつたから、拓洋が避航動作をとつているか否か確認し難い旨主張するが、法一七条二項にいう避航船の避航動作とは、法八条あるいは法一六条に規定する避航動作を意味するものであり、拓洋が横切り関係に入つた後に右の趣旨における早期かつ大幅な避航動作を行えば、ジ号から視認される拓洋の灯火は当然のことながら顕著に変化し、その結果、ジ号においては拓洋が避航動作を行つていることを認識し得たはずである。灯火の変化が微少であつたことは、とりもなおさず、拓洋が横切り関係に入つてのちA時点まで直進していたことを示すものであり、拓洋が前記の趣旨における避航動作をとつていないことの証左でこそあれ、拓洋が避航動作をとつているかどうか確認し難いとの原告主張を裏付けるものではおよそあり得ない。

(2) 次に、原告は、方位の変化がないということから避航動作をとつていないことが明らかになつたとまではいえない旨主張する。

しかし、避航動作をとつていないことが明らかとなつたか否かの判断は、横切り関係に入つた後における避航船の一連の動静を継続的に観察してなすものであり、ある時点における動静を切り離してなすものではなく、当然のことながら以後の行動に対する予測をも含むものである。また、前述のとおり右の避航動作とは早期かつ大幅な避航動作を意味するものである。これを本件についてみれば、横切り関係に入つて後の拓洋の動静は、およそ右の趣旨での避航動作を予測(期待)させるようなものではなく、A時点において拓洋が避航動作をとつていないことが明らかとなつたとするに何ら問題はない。のみならず、原告の主張に従えば、ある時点、時点をみる限り、避航船は常に避航動作に着手している可能性が考えられるのであるから、とどのつまり、避航船が避航動作をとつていないことが明らかとなつたかどうかの判断は不可能ということになる。

(3) 更に、原告は、両船間の距離一・二海里という時点は、拓洋ほどの船(総トン数が二八〇〇トンで、長さ約八九メートル、幅一五メートル程度の船)が避航動作に着手する公算のもつとも大きい時機である旨主張する。

ア しかし、法一七条二項の避航船が避航動作をとつていないことが明らかとなつたか否かを判断する上で、本件のように大型船が保持船となつている場合、避航船の避航の余裕(余地)、期待を考慮するのは相当ではない。このことは、本件についてみれば極めて明らかである。すなわち、両船間の距離一・二海里という時点は、ジ号が自船限りで避航し得る限界に近い時点であり、これを過ぎた場合、ジ号が避航動作を行うことは、かえつて拓洋に対し危険となるのである。したがつて、A時点を通過した後に、法一七条二項が適用される場面が初めて生ずるものとすれば、ジ号としては自船限りの避航動作がとれないこととなり、結局、ジ号にとつて法一七条二項は何の意味も持たなくなるといわざるを得ないのである。

イ 汽笛の可聴距離は、船舶が避航する際の両船間の距離の基準とするには適当ではなく、現に基準とされているわけでもない。

すなわち、汽笛の可聴距離は、船舶が備えるべき汽笛の音の基本周波数及び音圧によつてきまるものであり、これらについての基準は、法施行規則一八条に規定されているが、汽笛音の聞こえる距離は、「一九七二年の海上における衝突の予防のための国際規則」附属書IIIに記載のとおり、実際上非常に変化し易く、かつ、気象状況に強く影響され、周囲の騒音(機関の音、作業の音など)が大きい場合などには、可聴距離内にあつても聞こえないことがある。したがつて仮りに長さ七〇メートル程度の船舶の汽笛音を聞き、それと一海里に接近したとして避航するとか、長さ一九〇メートル程度の船舶の汽笛音により、一・五海里に接近したとして避航するなど、可聴距離を避航する際の両船間の距離の目安に使用すると、実際の距離を誤る危険性がある。

そもそも、汽笛の吹鳴は、視界制限状態において自船の存在を他船に知らせるために使用するほか、視界内に他船の存在が認められる限り、針路を転じ、または機関を後進にかける場合において、操船信号として実施しなければならない(法三四条一項)ものなのであつて、避航する際の両船間の距離を知らせる目的で行うものではない。

しかして、船舶が避航する際の両船間の距離の目安となるものは、一般には船舶の旋回圏の大小(おおむね船舶の大小に一致する。)、夜間であれば灯火の視認距離等が重要であり、通常は両船間の距離二海里程度が安全な避航距離といわれている。

(4) 前述のとおり、拓洋は、横切り関係が生じた午後六時ごろから三分もの間(この間、ジ号は約一二六〇メートル、拓洋は約一〇八〇メートル各進行し、両船間の距離は二・三海里から一・二海里に接近している。)、二度にわたる警告信号を受けながら、避航の気配を示さなかつたのであり、法が、衝突のおそれのある横切り関係において、避航船は、保持船から遠ざかるため、あるいは衝突を避けるためには、できる限り早期にためらうことなく大幅な動作をとり、しかも保持船との間に安全な距離を保つて通過することを要求していること及び、通常避航船は、保持船との距離が二海里ばかりに接近する以前に避航動作を行うことが妥当であるといわれていることに照らして、遅くともA時点において、拓洋が法一七条二項に規定する「避航船がこの法律の規定に基づく適切な避航動作をとつていないことが明らかとなつた」ものというべきである。

(三) 原告は、法一七条二項は任意規定であり、避航動作をとるか否かは自由であるから、この規定を根拠に原告の過失を認めるのは誤りである旨主張する。

(1) しかしながら、海上を運航する船舶が、一般的に事故回避義務を負担していることは明らかで、法等の海上交通に関する規則を定めた法令等も、それを当然の前提としている(法一条等参照)。法一七条二項が制定される以前の旧法では、保持船は、避航船の動作だけでは衝突が回避できないときに、協力動作をとる以外は厳重に針路、速力の保持義務が課せられていた。ところが、近年大型原油タンカーのように、旋回圏が大きく、停止距離の長い船舶が増加し、この種船舶が接近すれば極めて危険で、大事故に至るおそれがあるところ、このような船舶が保持船となつた場合、同船に従来のような衝突を回避するための最善の協力動作を要求しても、十分な動作をとる余裕がなく、右動作のみでは事故の防止に十分でないため、避航船が適切な動作をとつていないことが明らかになつた時点で、直ちに保持義務を解除し、保持船である大型船に対し、自船だけで衝突回避の動作をとることを許し、もつて事故発生を防止することを目的として法一七条二項が制定されたものである。

したがつて、法一七条二項を制定した趣旨は、あくまでも衝突回避を目的としており、任意規定であるとしても、当該事故時の具体的状況に照らし、保持船において法一七条二項の避航動作をとることが可能であり、かつ、当該避航動作をとることが事故の発生を回避する上において適切であると認められる場合においては、当該事故との関係において、保持船に避航義務があるものと解するのが相当である。

(2) これを、本件についてみれば、ジ号と拓洋の見合関係は、そもそも衝突のおそれのある横切り関係であり、かつ、A時点においては、拓洋が避航動作をとつていないことが明らかな状態にあつたのであるから、拓洋がそのまま直進してくることは十分予測できたはずであり、ジ号において事故の発生を予見し得たことは明らかである。

前述のとおりA時点通過以後、ジ号が自船限りで避航することは不可能であつたし、また、本件事故当時ジ号はほぼ満載状態にあつたから、機関の反転による緊急停止の措置をとつても、船体が停止するまで少くとも約四〇〇〇メートル進行し、また、右舵一杯で回頭しても、その旋回圏の最大縦距及び最大横距がいずれも約九〇〇メートルに及ぶことから、法一七条三項の協力動作義務をつくしたとしても、拓洋との衝突を回避することは全く期待できなかつたものである。このことは、本件事故発生までのジ号の動向に即してみれば極めて明らかである。すなわち、ジ号は、事故当日の午後六時五分半(衝突の一分半前)ごろ、両船の距離が、〇・四海里(このときの両船船首間の距離は約五四〇メートルになる。)ばかりとなつたとき、事故回避のため右舵一杯にとつているが、その結果、右舵一杯にとり始めてから約一分経過したころ(衝突の約三〇秒前)より船尾が原針路線から約六〇メートルも拓洋側に出て衝突に至つているのである。このことはジ号のような巨大船のとる協力動作では、事故回避の効果は全く期待できないばかりでなく、本件の場合逆に作用して衝突したことを示しているのである。

したがつて、拓洋が直進してくる状況下において、ジ号が、本件事故を回避し得るには、遅くともA時点以前において、ジ号が避航動作をとり得ることが必要であるところ、既に述べたとおり、ジ号は、右時点において保持義務から解除されたものであり、ジ号は、船橋が高くて視野が広く、近代設備を備えているうえ、運航者の海技資質も高く、A時点において付近海域にはジ号が右に回頭するのに妨げとなるような事情もなく、避航動作が容易な状況にあつたのであり、かつ、右動作を行えば、本件事故の発生を回避し得たものであるから、右時点において、ジ号には回避義務が発生したものである。

(3) そもそも、具体的状況下で事故の発生が予見された場合、更に、事故回避義務の有無を決定づけるのは、当該状況下で事故回避のための動作をとることが可能であるか否かである。そして、右動作をとることが可能であれば、事故回避のためそのような動作をとるべき事故回避義務があるとされるのである。要するに、事故回避義務の有無を決定するのは、回避のため一定の動作が可能か否かであり、その限りにおいて当該動作をとることが法令等により義務とされているか任意とされているかで区別はないというべきである。したがつて、法一七条二項が任意規定であるということは、本件においてジ号に避航義務を認める上において何の妨げにもならないものである。

法一七条二項が任意規定であるということは、法一七条二項により避航しなくても、その避航しないこと自体が義務違反として問題にされないというだけであり、右避航しないことが、具体的状況下において、事故の発生に対し過失を構成するかどうかとはおのずから別問題である。

(四)(1) 原告は、拓洋が航海灯のほかに緑、白二灯を表示したこと及び呉指定海難関係人の昇橋時刻についての本件裁決の認定は誤りである旨主張するが、いずれも証拠上本件裁決どおり認めるに十分であり、右主張は理由がない。のみならず、本件裁決は、右事実をもつて、原告の過失の内容としているものではないから、右事実についての認定は原告の主張いかんにかかわらず、原告の過失の有無を論ずる上で格別の意味をもたない。

(2) また、原告は、本件裁決の呉指定海難関係人が左舵一杯を令した動機についての認定は誤りである旨主張するが、本件裁決は、原告が指摘するように、右動機を同人の主観的動機として認定しているものであり、その動機の内容が客観的に正しいかどうかということまで認定しているものではない。ただ、本件裁決の認定した状況下においては、呉指定海難関係人が、右転を継続すれば衝突が避けられず、そのまま進行するよりは、左転した方が被害を最小にし得ると判断したことは、海上における経験則上十分首肯し得るものであり、これを動機として認定した本件裁決の認定が正当であることはいうまでもない。

3 本件事故発生までの経緯は、前述のとおり本件裁決に示されているとおりであり、これに照らせば、避航船である拓洋が早期に避航義務をつくさなかつたことが本件事故原因の一つであることは明らかであるが、他方、ジ号においても、拓洋が法一七条二項の適切な避航動作をとつていないことが明らかとなつたA時点において、早期に適切な避航動作をとらなかつた過失が本件事故原因の一つとなつているというべきであるから、右事実に基づき原告を戒告した本件裁決は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の主張について

請求原因1、2の事実は当事者間に争いがないところ、本件裁決の主文第一項は、海難審判法四条一項により本件海難の原因を明らかにするにとどまり、原告の権利義務に直接関係がないから、行政事件訴訟法にいう処分にあたらず、原告はこれに対して取消しの訴えを提起することは許されない。したがつて、本件訴え中、右部分は不適法として却下すべきである(最高裁判所昭和二八年(オ)第一一〇号、同三六年三月一五日大法廷判決・民集一五巻三号四六七頁参照)。

二  そこで、本件裁決主文第二項の取消し請求について判断する。

1  前記のとおり、請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

2  本件事故発生に至るまでの両船の針路、航行状況及び本件事故発生の状況について

(一)  本件事故当時、天候は晴、風力四の西風が吹き、海上には少し波があつたこと、ジ号は、全長二八五メートル、総トン数八万三八七四トンの船尾船橋型鉱石運搬船であり、当時、鉄鉱石一二万八五二二ロングトンを積載し、船首一五・九六メートル、船尾一五・九七メートルの喫水であり、拓洋は、喫水線付近の船の長さ約八九メートル(この点は当事者間に争いがない。)、総トン数二八〇〇トンのトロール漁船であり、当時、船首三・〇〇メートル、船尾五・六〇メートルの喫水であつたこと、

(二)  ジ号は、オーストラリア国ポートヘツドランド港から北海道室蘭港へ至る航行の途中、昭和五二年一二月七日午後二時四二分ごろ金華山灯台を左舷側二八五度(真方位、以下同じ)一六・三海里ばかりに通過し、針路を一七度に定め、航力一四ノツトばかりで航行中、同日午後六時七分ごろ綾里埼灯台から一〇一度一五・七海里ばかりの地点において本件事故が発生したこと、

一方、拓洋は、大韓民国墨湖港からニユージーランド沖合漁場に至る航行の途中、同日午後五時ごろ綾里埼灯台から六六度二〇海里ばかりの地点で、針路を二〇五度に定め、航力一二ノツトばかりで進行し、同日午後五時五五分、同灯台から九八度一三・七海里ばかりの地点において、一一〇度に転針し、同六時ごろ、更に一三〇度に転じ、同六時三分半ごろ、そのままの針路で、機関を七ノツトばかりの微速力に減じて航行中、本件事故が発生したこと

(三)  ジ号の一等航海士北村巧は、同五時四五分ごろ、左舷船首ほぼ一五度七・七海里ばかりに拓洋の白、白、紅三灯を双眼鏡により初認したが、互いに左舷を対して無難に航過できる態勢であつたので、間もなく昇橋した原告にその旨を告げ引き続き見張りにあたつているうちに、同五時五八分ごろ、同船が緑灯を表示しているのに気づき、レーダーで拓洋が三四五度三海里ばかりにあることを測定し、これを原告に報告したこと、そこで、原告は、レーダーで拓洋の動静看視を続けていたところ、同六時ごろには、拓洋を左舷船首約三〇度二・三海里ばかりに見るようになり、その後その方位がほとんど変わらないまま接近する状況となつたが、拓洋において避航する気配が認められないので、同六時二分ごろ、短音五、六回の警告信号を鳴らしたこと、しかし、拓洋は依然方位を変えず、同六時三分ごろ、拓洋との距離が一・二海里ばかりとなつたので、再び同信号を鳴らし、更に、同六時四分ごろ同信号を吹鳴したが、なおも接近するので、衝突の危険を感じ、同六時五分半ごろ、拓洋との距離が〇・四海里ばかりになつたとき、操舵をそれまでの自動から手動に切替え、短音一回を鳴らすとともに右舵一杯を令したが及ばず、前示のように同六時七分ごろ綾里埼灯台から一〇一度一五・七海里ばかりの地点において、ほぼ六八度に向いた拓洋の船首が、ほぼ四二度に向いたジ号の左舷後部に、後方から約二六度の角度で衝突したこと、

一方、拓洋の首席一等航海士鄭大潤は、同五時五五分ごろ綾里埼灯台から九八度一三・七海里ばかりの転針予定地点に達したころ、左舷船首ほぼ四三度四海理ばかりに北上中のジ号の灯火を視認できる状況にあつたのに、これに気づかないで一一〇度に転針し、間もなく投網準備のため後部甲板上の作業灯を点じて進行中、同五時五六分ごろ、三等航海士からの報告によつて、右舷船首ほぼ五二度三・六海里ばかりのところにジ号の白、白、紅三灯を初認したが、ジ号まではかなりの距離があるものと思い、魚群探知器の看視に専念していたこと、同六時ごろ、一三〇度に転針したところ、ジ号の同灯火を右舷船首ほぼ三八度二・三海里ばかりに見るようになつたが、そのころ漁網投下準備用意を令したこと、その後拓洋の船長である呉指定海難関係人は、昇橋してジ号の方位が変らず、かつ、これに接近する状況にあり、同船とは互いに進路を横切り衝突のおそれがあることを知つたが、避航の措置をとらず、同六時三分半ごろジ号との距離が一海里ばかりになつたとき、投網用意を令し、機関を七ノツトばかりの微速力に減じて続航したが、同六時六分少し前、ジ号船首との距離が四〇〇メートルばかりとなつたとき、ようやく衝突の危険を感じ、短音五回を鳴らし、機関を停止するとともに右舵一杯を令し、次いで、船首が五度ばかり右転したとき、左舵一杯を令し、機関を全速力前進にかけたが、船首がほぼ六八度に向いて前示のごとき状態で衝突したこと

(四)  衝突の結果、ジ号は、左舷後部のバラストタンク外板に破口を伴う長さ約一五メートル幅約五メートル及びその後方の外板に長さ約五〇メートルの各凹傷を生じ、拓洋は、右舷船首部が長さ約一四メートル幅約八メートルにわたつて圧壊し、右舷側中央部外板及びブルワークに長さ約一七メートルにわたる凹傷を生じたこと、

(五)  前示両船の針路、航跡等については、別紙図面に示すとおりであること

以上の事実について、原告は、明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

3  成立に争いのない乙第一一号証の三、四、第一二、第一四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一八、第二二号証、乙第八、第九号証及び弁論の全趣旨によれば、ジ号は、前記のとおり、全長二八五メートル、総トン数八万三八七四トンで、本件事故当時鉄鉱石一二万八五二二ロングトンを積載しており、機関の反転による緊急停止措置をとつても、船体が停止するまで約三〇〇〇メートルばかり進行し、また、右舵一杯で回頭しても、その旋回圏の最大縦距離は約九〇〇メートル、最大横距離は約八〇〇メートルに及ぶ操縦性能の悪い大型船、その中でも特に大きい巨大船であること、前記のように拓洋が針路一三〇度、航力一二ノツトばかりのままで進行した場合、ジ号が、A時点において、右舵一杯にとつて回頭すれば、同六時六分ごろ、拓洋の進路線の南側、同船との横距離三三〇メートル、その前方前後距離約五七〇メートルに位置することになり、衝突は十分避けることができたこと、しかし、同六時四分ごろ、ジ号が右舵一杯をとつたのでは、間に合わず、同六時七分ごろ衝突することになること、A時点において、ジ号が右舵一杯をとる妨げとなるような障害はなかつたこと、広い海域において、通常、保持船(法一七条二項)が、回避動作をとることなしに避航船(法一六条)の近づくのを許すことができる最小距離は、保持船の全長の一二倍(本件では二八五メートル×一二=三四二〇メートル≒一・八五海里となる。)ばかりとされていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  以上の事実によれば、両船は互いに進路を横切る関係にあつて衝突するおそれがあつたものであるから、呉指定海難関係人は、一九七二年の海上における衝突の予防のための国際規則一五条(本件は公海上の事故であるから、拓洋については同規則が適用される。大韓民国政府は、同規則に関する条約の受諾書を昭和五二年七月二九日に政府間海事協議機関に寄託したことにより、同日大韓民国について同規則は効力を生じた。)の規定により、拓洋がジ号をその右舷側に見る動力船として、衝突の危険を防ぐため、ジ号の進路を避けなければならない義務があつたにかかわらず、右避航義務に基づく同規則八条、一六条による保持船との間に安全な距離を保つ、早期の、かつ、大幅な動作をとらなかつたものであつて、呉指定海難関係人の右過失行為によつて本件事故が発生したものであるが、しかし、原告においても、横切り関係にある拓洋を認め、同船が自船の進路を避けるものと思い、法一七条一項の規定に基づき、針路、速力を保持して航行し、拓洋との間の距離が、自船に接近することを許すことができる最小距離である一・八五海里ばかり以内のA時点の一・二海里ばかりに接近したが、この段階においても拓洋の方位の変化は認められなかつたのであつて、遅くともA時点においては、拓洋が法一七条二項にいう適切な動作(法八条、一六条による保持船との間に安全な距離を保つ、早期の、かつ、大幅な動作)をとつていないことが明らかとなり、ジ号の針路、速力保持義務は解除されたところ(この点については、のちに更に詳述する。)、原告は、右時点において、ジ号が同一針路、速力のまま進行すれば、拓洋との衝突事故が発生することを予見しえ、しかも、ジ号は前記のような操縦性能の悪い巨大船であり、その危険度が極めて高いことも予見しえたものであり(現に本件事故発生がそのことを示している―成立に争いない乙第一一号証の一。)、そして事故発生を容易に回避しうる状況にあつたのであるから、衝突事故を未然に防止するため、ジ号が自船の操船のみによつて衝突を回避しうるよう、その限界に近いA時点ごろにおいて、大きく右転して避航すべき注意義務があつたのに、これを怠り、警告信号の吹鳴を繰り返したのみで拓洋に間近に接近するまで同一針路、速力のまま進行したものであつて、原告の右過失行為もその一因となつて本件事故が発生したものである(原告の右注意義務は、海技従事者としての職務上の注意義務であるが、このことについてはのちに述べる。)。

5  そこで、以下、原告主張の違法事由について検討する。

(一)  まず、原告は、A時点において、拓洋が避航動作をとつていないことが明らかになつたとはいえないから、ジ号に避航動作をとる義務はなかつた旨主張する。

たしかに、法は、衝突のおそれのある横切り関係においては、避航船に避航義務を課し(一五条)、保持船に対しては、その針路及び速力を保持する義務を課している(一七条一項)。

したがつて、前示のように、午後六時ごろ、両船間の距離二・三海里ばかりになつた際、ジ号においては、拓洋を左舷船首約三〇度、拓洋においては、ジ号を右舷船首ほぼ三八度に見る関係にあり、ジ号は針路一七度航力一四ノツトばかり、拓洋は針路一三〇度航力一二ノツトばかりで続航し、その後その方位がほとんど変らぬまま両船が接近していた本件においては、両船の見合関係は衝突のおそれのある横切り関係にあり、拓洋が避航義務(前記国際規則に基づく)を、ジ号は針路、速力保持義務を負つていたことになる。

しかし、法は、保持船であつても、避航船が前記適切な避航動作をとつていないことが明らかになつた場合には、直ちに衝突を避けるための動作をとることを許している(一七条二項)ところ、右条項の趣旨は、従前は(旧海上衝突予防法二一条)、二船が間近に接近し衝突のおそれが増大しても、保持船は避航船の動作のみでは衝突を避けることができないと認められるまでその針路、速力を保つことを要求されていたが、操縦性能の悪い(旋回圏が大きく、停止距離の長い)大型船舶がふえ、かかる大型船が保持船である場合、右時点まで保持船に針路、速力保持義務を課し、この時点に至つて保持船に衝突を回避するための最善の協力動作を要求(旧海上衝突子防法二一条但書)しても、衝突を回避するだけの十分な動作をとることができず、衝突回避が不可能ないし極めて困難であり、このような事故発生のおそれがある場合が増大したため、法(昭和五二年六月一日法律第六二号、同年七月一五日施行)一七条二項を新たに設け、法にいう船舶一般について、避航船の回避動作怠慢による危険な状態を早期に解消し、衝突事故を防止することを目的として、保持義務を解除し、保持船に自船の操船のみによつて衝突回避の動作をとることを許したものであると解される。

そこで、これを本件についてみるに、前示のように原告は、午後六時ごろ拓洋を左舷船首約三〇度二・三海里ばかりに見るようになり、その後その方位の変化がほとんど認められないまま接近する状況となつたので、同時二分ごろ警告信号を発したが、その後同時三分ごろまでの一分ばかりの間にも拓洋の方位は変らず、ひいてその各灯火の関係位置の変化がほとんど認められなかつたこと、同時三分ごろのA時点において、両船は、その間の距離一・二海里ばかりにせばまつたこと、前述のように前記国際規則、法各八条及び同規則、法各一六条は、衝突回避のため避航船に保持船との間に安全な距離を保つ、早期の、かつ、大幅な避航動作をとることを義務付けているところ、もし拓洋が右国際規則の右義務に従つた適切な避航動作をとつていれば、遅くともA時点においては、拓洋の方位、各灯火の関係位置の変化がジ号から顕著に認められるはずであつたのに、右のとおりこれが認められなかつたこと、これらのことに、右述のとおり法一七条二項は、衝突事故防止を目的として保持船に自船の操船のみによつて衝突回避動作をとることを許したものであるところ、ジ号が前記のとおりの巨大船で、A時点が自船の操船のみによつて衝突を回避しうる限界に近い時点であつたことを併せ考えれば、遅くともA時点においては、拓洋が法一七条二項にいう適切な避航動作をとつていないことが明らかになつたものというべく、ジ号は、その針路、速力保持義務を解除されたものと解するのが相当である。

なお、原告は、保持義務が解除されていない理由として、請求原因3(一)(1)ないし(3)のとおり主張するが、右主張は、以上説示したところ、ことに法一七条二項を設けた目的に照らし、到底採用することができない。時機的に拓洋に対する避航の期待は危険で、禁物である。原告主張の見解の下では、ジ号が自船の操船のみによつて衝突を回避することは甚だしく困難ないし不可能となり、法一七条二項を設けた意味がなくなるといわねばならない。なお、触れるまでのこともないが、右(3)の主張について更にいえば、原告の引用する附属書IIIによれば、汽笛音の聞える距離は、実際上、非常に変化しやすく、かつ、気象状況に強く影響され、聴取場所が強風下にあり又はその周囲の騒音が激しい場合には、可聴距離が著しく短くなることが認められるから、たやすく可聴距離が原告主張のような意味を有するものとは解されないし、また、原告主張のとおり、拓洋がA時点において避航動作をとれば避航できたとしても、そのことのゆえに拓洋がA時点で避航動作に着手する公算が大きいとはたやすくいいえない。

よつて、右点につきこれと同趣旨の本件裁決の判断に所論の違法はない。

(二)  次に、原告は、法一七条二項は、任意規定にすぎないから、原告が避航動作をとらなかつたことをもつて、過失があるものとはいえない旨主張する。

しかし、ジ号の船長である原告のように人の生命、身体、船舶に危害を生ずるおそれのあるいわゆる危険業務に従事する海技従事者は、その業務の性質に照らし、職務上海上事故を防止するため法律上、慣習上もしくは条理上必要な一切の注意をなすべき義務を負担するものであるところ、前記のように、原告は、A時点において、ジ号の拓洋との衝突事故発生、その危険度の極めて高いことを予見しえたものであり、そして、事故発生を容易に回避しうる状況にあつたのであるから、ジ号が自船の操船のみによつて衝突を回避しうるよう、その限界に近いA時点ごろにおいて、大きく右転して避航すべき職務上の注意義務があつたのに、これを怠り、拓洋に間近に接近するまで同一針路、速力のままジ号を操船し、よつて本件事故を生ぜしめたものであつて、原告に職務上の過失があつたことは明らかである。

ところで、原告は、法一七条二項は、保持船は、避航船が法の規定に基づく適切な動作をとつていないことが明らかになつた場合は、避航船との衝突を避けるための動作をとることができるとしているのであつて、保持船に避航義務を課すものではないと主張し、その主張どおりに解すべきものであるが、右述の原告の避航義務は、前述した海技従事者である原告の職務上の注意義務として認めるものであつて、同条項が、保持船に避航義務を課すものとして同条項により原告に避航義務を認めるものではない。なお、法は、海上における船舶の衝突を予防し、もつて船舶交通の安全を図ることを目的として種々の定めをし、ことに法一七条二項は、前叙のごとき理由で衝突事故防止のため設けられたものであるところ、同条項は、右述のとおり規定していて、反面、保持船は、同一の針路、速力のまま進行することができる趣旨のものと解されるが、そうであつても、海技従事者の右注意義務上、海上事故防止のため、保持船の針路、速力保持は危険であり、むしろ、避航すべき場合には、右規定にかかわらず海技従事者に避航義務を認めるのが、法の右目的に照らして蓋し当然のことというべきである。そうすると、同条項は、本件において原告の右過失を認めるのになんの妨げにもならないというべきである。

よつて、右点につきこれと同趣旨の本件裁決の判断に所論の違法はない。

(三)  請求原因3(三)の主張について

(1) 本件裁決は、午後六時三分半ごろ拓洋が緑、白二灯を表示した旨認定しており、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第七、第八号証、乙第三ないし第六号証にはこれに副う記載がある。しかし、右記載は、前掲甲第一八、第二二号証と対比し、たやすく措信し難く、他にこれを認めることができる的確な証拠はない。

(2) 本件裁決は、呉指定海難関係人が午後六時一分ごろ昇橋した旨認定しているが、これに副う前記乙第三、第六号証の記載は、原本の存在及び成立に争いのない甲第七、第八号証の記載に照らして採用しがたく、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

しかし、右(1)、(2)の本件裁決認定の事実は、いずれも本件裁決において原告の過失を認める前提事実とされているわけではないから、右事実の認定の誤りは、原告の過失を認めた本件裁決を違法たらしめるものではない。

(3) また、本件裁決が、呉指定海難関係人は、衝突前被害を最少限度にとどめるため左舵一杯を令した旨認定している点については、これが同人の主観的動機にすぎないことは当事者間に争いがなく、右動機が当然に右措置を正当化するものでないことは原告主張のとおりであるが、これが前記の原告の過失の有無を左右するものではないから、右点も、本件裁決を違法たらしめるものではない。

なお、付言するに、成立に争いのない乙第一一号証の二、原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証によれば、拓洋が衝突直前右舵一杯から左舵一杯にとり直すことなく右回頭を続けていれば、本件事故の発生を避けられた可能性のあつたことが認められる。しかし、右書証は、拓洋の公試運転成績書の旋回試験に基づいた作図上では、両船が最も近づいたときの距離約五〇メートルとなり、衝突を避けられる余地があつたとするものであるところ、原本の存在及び成立に争いのない乙第一九号証の一ないし三によれば、同じ船であつても、喫水、風向、風力、波浪、海潮流、操舵の巧拙等の諸条件いかんによつては、実際の旋回圏が大きく相違することが認められ、右程度の距離では、呉指定海難関係人が本件事故時右舵一杯のままで回頭を続けても、その時の条件いかんでは旋回圏の範囲に含まれ、衝突する可能性は十分あつたと考えられるので、前記乙第一〇号証、第一一号証の二によつて、呉指定海難関係人が左舵一杯をとらなければ、本件事故が生じなかつたとは、たやすくいいえない。のみならず、前記のような両船の航行状況下において、A時点ごろに、原告の過失行為があつた以上、拓洋が、右舵一杯で右回頭を続けて衝突事故が生ずればもとより、そうでなく、右舵一杯のままなら衝突しなかつたのに次いで左舵一杯にとつたがために衝突事故が生じようと(驚愕、動転下にありがちな行為である。)、原告の過失行為による危殆状況下に生じた衝突事故については、原告は、その過失行為によつて生じた相当因果関係のある事故として、その責を免れない。

以上説示のように、本件事故は、拓洋の船長である呉指定海難関係人の運航上の過失行為が主たる原因をなすとはいえ、原告のジ号運航に関する職務上の過失行為もその一因となつて発生したものであると判断すべきであり、これと同趣旨の判断に基づいて原告を戒告した本件裁決にはなんら違法のかしはないというべきであり、右裁決の取消しを求める本訴請求は理由がなく失当としてこれを棄却すべきものである。

三  よつて、原告の本件訴え中、本件裁決主文第一項の取消しを求める訴えを却下し、同第二項の取消しを求める原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 鹿山春男 赤塚信雄)

別紙

昭和五五年第二審第二四号

裁  決

機船ジヤパンオリーブ機船拓洋衝突事件

奈良県奈良市西大寺新池町一、八二五番地の九

受審人     野崎明

昭和九年一月一五日生

大韓民国ソウル市鐘路区東崇洞二〇一

指定海難関係人 呉世均

一九四七年一〇月二六日生

右の事件について、昭和五五年九月二五日横浜地方海難審判庁の言渡した裁決を不当とし、海難審判庁理事官古矢柏衛から第二審の請求があつたので、当海難審判庁は、海難審判庁理事官折田三智治出席のうえ審理し、更に次のとおり裁決する。

主文

本件衝突は、夜間、両船互いに進路を横切り衝突のおそれある態勢で接近中、他船を右舷側に見る拓洋側において、他船の進路を避けなかつたことに因つて発生したが、巨大船であるジヤパンオリーブ側において、衝突を避けるための動作をとることが遅かつたことも、その一因をなすものである。

受審人野崎明を戒告する。

理由

(事実)

船種船名  機船ジヤパンオリーブ  機船拓洋

船籍港   東京都         大韓民国釜山市

船舶所有者 ジヤパンライン株式会社 高麗遠洋漁業株式会社

総トン数  八三、八七四トン    二、八〇〇トン

機関の種類 ディーゼル機関     ディーゼル機関

出力    二九、〇〇〇馬力    三、八〇〇馬力

受審人   野崎明

指定海難関係人           呉世均

職名    船長          船長

海技免状  甲種船長免状      漁船甲種二等航海士免状(大韓民国)

事件発生の年月日時刻及び場所

昭和五二年一二月七日午後六時七分

綾里埼東方沖合

ジヤパンオリーブは、全長二八五メートルの船尾船橋型鉱石運搬船であるが、鉄鉱石一二八、五二二ロングトンを載せ、船首一五・九六メートル船尾一五・九七メートルの喫水で、昭和五二年一一月二四日オーストラリア国ポートヘツドランド港を発し、北海道室蘭に至る航行の途、翌一二月七日午後二時四二分ごろ金華山灯台を左舷側二八五度(真方位、以下同じ。)一六・三海里ばかりに通過し、針路を一七度に定め、機関を全速力にかけ、折からの流潮により二度ばかり左方に圧流されながら約一四ノツトの航力で、自動操舵により進行した。

同五時四五分ごろ当直中の一等航海士北村巧は、左舷船首ほぼ一五度七・七海里ばかりに拓洋の白、白、紅三灯を双眼鏡により初めて視認し、互いに左舷を対して無難に航過できる態勢であつたので、間もなく昇橋した受審人野崎明にその旨を告げて引き続き見張りにあたつているうち、同時五八分ごろ同船が緑灯を表示しているのに気づき、レーダーによりこれを三四五度三海里ばかりに測定して野崎受審人に報告した。

そこで野崎受審人は、レーダーで相手船の動静看視を続けていたところ、同六時ころには同船を左舷船首約三〇度二・三海里ばかりに見るようになり、その後その方位がほとんど変わらないまま接近する状況となつたが、相手船において避航する気配が認められないので、同六時二分ごろ短音五、六回の警告信号を鳴らし、同時三分ごろ一・二海里ばかりとなり、依然として方位の変化がなく、避航動作をとつていないことが明らかになつたから、野崎受審人としては、自船の操縦性能を考慮して直ちに大きく右転するなど相手船との衝突を避けるための動作をとる必要があつたのに、再び同信号を鳴らしたのみで原針路のまま進行し、同時三分半ごろ相手船が航海灯のほかに緑、白二灯を表示したことに気づかないで、同時四分ごろ更に同信号を鳴らしたが、なおも接近するので、衝突の危険を感じ、同時五分半ごろ相手船との距離が〇・四海里ばかりとなつたとき、操舵を手動に切替え、短音一回を鳴らして右舵一杯を令したが及ばず、同六時七分綾里埼灯台から一〇一度一五・七海里ばかりの地点において、拓洋の船首が、ほぼ四二度に向いたジヤパンオリーブの左舷後部に、後方から約二六度の角度で衝突した。

当時天候は晴で、風力四の西風が吹き、海上には少し波があつた。

また、拓洋は、トロール漁業に従事するため、船首三・〇〇メートル船尾五・六〇メートルの喫水で、同年一二月三日大韓民国墨湖港を発し、ニユージーランド沖合漁場に至る航行の途、会社からの指示により、津軽海峡通過後三陸沖合の領海外において、漁群探索を行いながら南下した。

こえて同月七日午後五時ごろ綾里埼灯台から六六度二〇海里ばかりの地点に達したとき、指定海難関係人呉世均は、針路を二〇五度に定め、機関を全速力にかけ、折からの流潮により一二ノツトばかりの航力で進行し、間もなく海図上に記入された針路線により魚群の探索を行うよう指示して首席一等航海士鄭大潤に運航を任せて降橋した。

その後鄭首席一等航海士が運航を指揮して南下し、同五時五五分同灯台から九八度一三・七海里ばかりの転針予定地点に達したころ、左舷船首ほぼ四三度四海里ばかりに北上中のジヤパンオリーブの灯火を視認できる状況であつたが、これに気づかないで一一〇度に転針し、間もなく投網準備のため後部甲板上の作業灯を点じて進行中、同時五六分ごろ三等航海士からの報告により、右舷船首ほぼ五二度三・六海里ばかりのところに同船の白、白、紅三灯を初めて視認し、同船まではかなりの距離があるものと思い、魚群探知器の看視に専念し、同六時ごろ水深四八〇メートルを測得するとともに海底が急傾斜していることがわかり、操業に不都合であつたので、一三〇度に転針したところ、相手船の同灯火を右舷船首ほぼ三八度二・三海里ばかりに見るようになり、そのころ漁網投下準備用意を令した。

呉指定海難関係人は、同六時一分ごろ昇橋し、同時一分半ごろ三等航海士からジヤパンオリーブが右舷船首ほぼ三八度一・八海里ばかりに接近しており、同船とは互いに進路を横切り衝突のおそれがある旨の報告を受け、自船において速やかにその進路を避ける必要があつたが、漁ろう中であることを表示する灯火を掲げれば相手船が避けてくれるものと安易に考え、避航の措置をとることなく、同時三分半ごろ距離一海里ばかりとなつたとき、投網用意を令するとともに上下連掲の緑、白二灯を表示し、前部マスト灯を点じたまま、機関を七ノツトばかりの微速力に減じて続航中、同時六分少し前相手船船首との距離四〇〇メートルばかりとなつたとき、ようやく衝突の危険を感じ、短音五回を鳴らし、機関を停止するとともに右舵一杯を令し、船首が五度ばかり右転したとき、衝突が避けられないものと思い、被害を最少限にとどめるため、左舵一杯を令し機関を全速力前進にかけたが、船首がほぼ六八度に向いて前示のとおり衝突した。

衝突の結果、ジヤパンオリーブは、左舷後部のバラストタンク外板に破口を伴う長さ約一五メートル幅約五メートル及びその後方の外板に長さ約五〇メートルの各凹傷を生じ、拓洋は、右舷船首部が長さ約一四メートル幅約八メートルにわたつて圧壊し、右舷側中央部外板及びプルワークに長さ約一七メートルにわたる凹傷を生じたが、両船とも浸水はなかつた。

(証拠)(省略)

(主張に対する判断)

ジヤパンオリーブ側において、海上衝突予防法第一七条第二項は、任意規定であるから保持船であるジヤパンオリーブが早期に衝突を避けるための動作をとらなかつたからといつて衝突の原因とはならず、非難さるべき点はないと主張するので、この点について検討する。

巨大船等が保持船となつた場合、避航船が適切な避航動作をとつていなくても、保持船に保持義務を課し避航船と間近に接近して初めて保持義務を解除したのでは、巨大船等の操縦性能上、衝突を回避するための十分な動作をとる余裕がなく、危険である。

同条同項は、このような事実を前提として、避航船が適切な避航動作をとつていないことが明らかになつた時点で、保持船が自船だけで衝突回避動作をとることができることを認めたものである。

本件においては、事実記載のとおり、両船互いに進路を横切り接近中、避航船である拓洋が早期に避航動作をとつていなかつたことは明らかである。

ところで、保持船であるジヤパンオリーブは、巨大船であるから、同条同項の趣旨に従い、自船の操縦性能を考慮し、衝突の四分前両船の距離が一・二海里ばかりに接近したころには、拓洋が避航動作をとつていないことが明らかになつていたのであるから、この時点で、衝突を未然に防止するため、速やかに衝突回避動作をとるべきであつたのに、警告信号の吹鳴を繰り返したのみで、間近に接近するまで同一針路、速力のまま進行したことは、衝突の原因をなしたものと認めざるを得ない。

したがつてその主張は採用できない。

(原因)

本件衝突は、ジヤパンオリーブと拓洋の両船が、夜間三陸沖合を航行中、互いに進路を横切り衝突のおそれがある場合、他船を右舷側に見る拓洋側において、早期にその進路を避けなかつたことに因つて発生したが、巨大船であるジヤパンオリーブ側において、相手船が適切な避航動作をとつていないことが明らかとなつたのに、衝突を避けるための動作をとることが遅かつたこともその一因をなすものである。

(受審人等の所為)

受審人野崎明が、夜間航行中、衝突のおそれある態勢で自船の前路を右方に横切る他船を認め、その後同船が避航動作をとつていないことが明らかとなつた場合、巨大船である自船の操縦性能を考慮して直ちに大きく右転するなど衝突を避けるための動作をとるべきであつたのに、これを怠り、そのまま進行したことは、職務上の過失であり、その所為に対しては、海難審判法第四条第二項の規定により、同法第五条第一項第三号を適用して同人を戒告する。

指定海難関係人呉世均が、夜間他船を右舷側に見て衝突のおそれのある態勢で接近中、漁ろうに従事していることを表示する灯火を掲げれば相手船において避航するものと安易に考え、その進路を避けなかつたことは、本件発生の原因となるが、勧告するまでもない。

よつて主文のとおり裁決する。

昭和五七年八月三〇日

高等海難審判庁

審判長 審判官 佐藤鐵郎

審判官 田原不二三

審判官 三田達三

審判官 富岡良平

別紙図面<省略>

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